開業医の難しさ
ドイツ バイエルン 医師 加藤恵一


 開業医というのは病院の勤務医とはかなり違います。もちろん月給制ではなく、患者さんを診察して、その売上げから経費を差し引いた残りが収入になるわけですから、経営者としての才覚は重要です。
 まあそれは横に置いておいて、今日は診察の上での難しさについてお話しましょう。これまで何度も書いてきましたが、私はドイツの田舎の婦人科開業医です。婦人科医にもかかわらず、乳癌の診断を専門にしています。ですからここではそれについてのみの話です。
 さてここに一人の乳癌の患者さんがいます。病院へ行きます。病院の先生方はこの方について治療方針を定め、手術、化学療法、放射線治療などを行います。有り難いことです。私は診断するだけで治療はしません。開業して長くなるので、手術もしていませんし、新しい化学療法についても知りません。確かな病院なしでは私の医院は成り立ちません。感謝するだけです。
 さてお立ち会い。この例を挙げた理由は、病院の先生方が接するのは、既に診断がついた乳癌の患者さんか、少なくともある程度の検査をして乳癌の疑いとして来られた方々です。開業医へ来られる人々とは全く違います。
 私の乳腺外来には実に様々な患者さんが訪れます。定期検診で全く症状のない方から、痛み、緊迫感、しこりなどなどを訴えて来られる方も大勢いらっしゃいます。その方々の唯一無二の質問は、「癌ですか、癌でないですか。」だけです。私はそれについて的確に答えなくてはなりません。それが仕事です。
 そこで触診の他にマンモグラフィないしは超音波または両方、また必要ならばバイオプシー(生検)をして診断を下すわけですが、実際95パーセント以上の場合癌ではありません。この「癌ではありません。」という診断がどれほど難しいか。全責任は私にあります。癌を見逃していたら、患者さんの命に関わります。この、多くの患者さんについて「癌ではありません。」と言い切るのを、ほとんどの病院の先生方は経験していません。
 この近辺の婦人科開業医また家庭医もこの判断ができません。ですから私のところへ紹介してきます。婦人科開業医が同業の婦人科開業医へ患者を送るという、よく考えたらあまり例を見ない状況がここでは当たり前です。勿論私も神ではありません。判断に苦しむ場合はあります。その時は直ちに病院へ紹介して、セカンドオピニオンを求めます。稀ですが、時によると病院が私の意見を求めて、患者さんを送ってくることもあります。この辺は持ちつ持たれつで、病院とは良い関係となっています。
 まあこの判断が自信を持って下せるかどうかは経験でしょう。よく患者さんを送ってくる婦人科の先生が、「ランダウ(私の開業している街)へ行きなさい。これまで十年以上送っているけど、診断が間違っていたことは一度もありませんでした。」と言うのを最大の褒め言葉として受け取っていますが、逆に緊張します。一度でも癌を見逃したら、全てが水の泡です。
「異常ありません。」、「癌ではありません。」という診断を毎日毎日しなくてはならないのが開業医の難しさです。