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バイエルンの空はいつも青い? (その4)

 これは多分ドイツにだけ通用する話なのだろうが、特に病院で働くのに必要な知識である。他の医者との議論に負けないこと。ドイツは議論の国である。尋ねられて何も自分の意見が言えなかったら馬鹿にされる。多少またはほとんど屁理屈でも何でも一応筋の通った意見を述べなくてはならない。勿論いつもいつもが屁理屈ならこれも馬鹿にされるのだが。しかし何も言わないよりずっと良い。それも一言だけの感想では駄目。以前テレビを見ていて愕然とした。皆既日食の中継で、多分オーストラリアだったと思うが、アナウンサ-が各国からの観光客にインタビュ-をしていた。日本人の女の子も何人かいたのだが、彼女たちの答えは「美しかったです。」「感動しました。」だけ。なぜ美しかったのか、何に感動したのかの説明がまったくない。英語で答えていた女性はそれに対し「太陽が欠けて行くのは確かに神秘だったが、それよりもその太陽が再び出てくることに自然の美しさを感じた。なぜならば・・・」と自分の気持ちを理由をつけて解説していた。この差は大きい。何か尋ねられたら、こうこうとの理由を述べて、きちんと自分の意見を相手に伝えなくてはならない。こうすれば相手は貴方を認めてくれる。   
 ただ上に他の医者との議論に負けないことと書いたのは、実は別な理由がある。これは私のまったく個人的な経験なのだが、一度ある医者と言い争ったことがある。大学に勤務している時で、私は外来の主任、その医者はひとつの病棟の主任で立場は互角。普段から眉間にしわを寄せて、ごちゃごちゃと文句を言う奴だった。私に対してだけではなく、他の医者もあいつはうるさいと言っていたのだから、ドイツ人から見ても問題ある人間だったのだろう。そいつがある日外来に怒鳴り込んできた。その理由というのが私に全く責任のない話だったので、最初はおとなしくその話は知らないと答えていたのだが、止めない。大体普段は物静かなのだが、私にはいくつか人生哲学がある。そのひとつは「売られた喧嘩は買う。」。そこでこちらも負けてはいない。言い返し、また向こうががなることに対しがなり返す。日本人から見れば口喧嘩、英語で言えばディスカッションのつもりでいたのだが、看護婦が止めにはいった位だからかなりのものだったのだろう。結局そのときは喧嘩別れをして、後からそれは私の言った如く彼の誤解であることがわかり、謝りにきた。それ以来その医者は私に対して全く文句を言わなくなった。言ったら言われると認識したのだろう。それと同時に他の医者も図に乗ったような態度は取らなくなった。確かに議論は大事である。


 それはともかくとして、若い皆さん、外国へ出てみなさい。日本では見られない面白い経験が一杯できますよ。何も私みたいに外国で永住する必要はありませんが、少なくとも、四、五年は日本の日常を離れて暮らしてみなさい。海外旅行をしてその国がわかったように思うのはあまりにあさはかです。確かに外国へ出るといろいろと苦労します。これらの殆どが日本にいればしなくて済む苦労です。しかし日本の常識が通用しない世界で、他の国民の精神構造の違いを学ぶのは決して人生の上でマイナスにはなりません。医者の世界は極めて狭いものです。私も日本の病院勤めをしている時は、医者の内でしか通用しない常識で暮らしていました。でもこうやって日本、北アメリカ、ヨーロッパに渡って永年生活していると、ずいぶん違う物の考え方があるものだと身にしみて感じますし、人生の幅が出てきます。日本人の考え方が悪いと言うのではありません。私の人生観の基礎は今でも日本です。それに加えて各国の良いところを加えれば、一皮むけた人間として、他人に一目置かれる存在になります。異性にももてますよ。