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今私が住んでいるのはミュンヘンの郊外、といっても百キロメ-トルあまり離れた田舎町。大体私は都会の子供で、カナダではモントリオール、ドイツではハンブルグ、ベルリン、エッセンを移り変わっていたのだが、数年前に今の医院に誘われ、移ってきた。
 人口は約一万人。田舎の小さな町である。日本人はほとんどいない。近くにBMWの主力工場があると書けば、少しは皆さんの興味を引くかもしれない。以前はエッセンで一人で開業していたのだが、やはり設備投資などで他の医者と力を合わせたほうが楽と判断したのが理由。田舎に住んでみれば、それなりの良いところもあり、勿論悪いところもある。アパ-トの家賃は破格に安いし(七十五平方メートルで月に約六万円)、趣味のウォーキングには行くところが沢山ある。このごろではリュックサックを背負って、田舎道を一日に三十から五十キロメ-トル歩くのが面白くなってきた。町には映画館もディスコもなく、レストラン、酒場の類は多少あるものの、もともと外で酒を飲むほうでもなく、縁がない。私にとっては静かな所だが、若い人にとってはまことに面白くない町なのは仕方がない。何か小さいイベントでもあると、若い人たちが一杯寄り集まってくるのは、かわいそうな気もしないでもない。
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 そんな小さな町でも、どこの家にも車があり、周囲五十キロメ-トル位から患者はやって来る。直径にすると百キロメ-トルだから結構広い。ただ皆がBMWに乗っている訳ではない。今は大体三分の二ぐらいの時間を乳房の診断に過ごし、残りは通常の産婦人科の診察をしているだろうか。年間一人で千五百近くのマンモグラフィ-を行い, 二十から三十の癌を見つけているのだから、結構忙しい。
 ここで読者にとっては婦人科医が乳癌を扱っているのを不思議がる向きがあるかもしれない。多くの国では外科がこの癌を扱っていて、これはヨ-ロッパでも同じことである。ただドイツでは、聞くところによると三十年ほど前に外科と産婦人科で大喧嘩があり、不思議なことに乳房は女性の生殖器官であると主張した婦人科が勝ちを収め、外科が手を引いて指を咥えて見ていることになったらしい。二十年位前までは、外科の専門医になるための臨床カタログに乳房の手術も含まれていたのだが、患者が来ないので最小必要手術数がなくなったそうである。