スペインの松浦潤子医師へのインタビュー

今回は、当医師会副理事であり、スペインで労働災害認定医として勤務している松浦潤子先生をご紹介致します。

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Q:松浦先生は日本で医学部を出てからスペインに来られた訳ですが、日本とスペインを比較してどうですか。

私は日本で医学部は出ましたけれど、実は日本では医師として一度も働いた事がありません。3月に卒業して、6月にはもうスペインに来ました。ですから、比較はできない、わからないのです。ただ、当時の同級生は今日本で医師として働いている訳ですから、その話しを聞くと、非常にハードな印象を受けます。また出産などすると仕事との両立が難しいようで、私の同級生でも女性は辞めてしまった人もいるようで、それは残念ですね。私はよく「80歳まででも働くよ」と言っているのですが、そういう事を言えるくらい、時間的・エネルギー的な制約がヨーロッパの方が少ないと思います。プライベートと仕事もしっかり分けられています。

Q:今、小さなお子さん二人を抱えて、育児と仕事との両立はどうですか。

自分としては大変ですが、それでも午後3時には終業ですし、給料の安い家庭でもベビーシッターや家事手伝いを頼むのがスタンダードになっていますし、給料は安くても物価も何もかも安いです。だから日本と較べると非常に楽なのだろうと思います。
仕事は朝8時から午後3時までで、月曜から金曜までです。3時何分か前になると、タイムカードを押す器械の前で何人も待っている感じです。年間の休暇は25日で、それ以外にもやむを得ない事情があるとプラス3日です。

ベビーシッターや家事手伝いは外国人が多いですが、外国人が安いからという訳ではなく、スペインのベビーシッター料自体、1時間10ユーロ程度です。就労・滞在ビザが不要な事から大体ヨーロッパ圏内、特にルーマニア人が多く、あとは矢張りスペイン語ができるのでラテンアメリカ人が多いです。午前中普通の正規の勤務をして、午後お小遣い稼ぎにやっている人もいれば、メインでやっている人もいます。また、最近ブームになっているのは、イギリス人や中国人のベビーシッターに来てもらって、子ども達と英語や中国語で話してもらうという言語教育です。子どもを保育園にやらず、9時から5時まで家にベビーシッターに来てもらうというのも、中流以上の家庭では結構普通にあります。
余談ですが、スペインでは40歳以下なら不妊治療も無料で、不妊治療についてもかなりオープンに話されています。あと、高齢出産へのハードルも低いです。

Q:スペインで医師として働き始めて、驚いた事は何ですか。

スペインの職場では女性が強いです!
女医さんの率がとても高く、例えば私は家庭医の研修を3年間したのですが、その時の同僚12人は全員女性でした。また、スペインで最初1年間、スペインの医師国家試験準備コースに通ったのですが、それもクラス全員女性でした。まあ「そういうクラスに真面目に来るのは女性なんだ」という事も言われましたが、それにしても多いですよね。今の私の同僚は、医学部生の70-80%が女性だったと言っています。私のボスも女性です。
でもそれは最近の事で、今の60代位の世代だとまだ男性医師が殆どという時代で、例えば私の姑も医師(呼吸器科医)なのですが、医学部で彼女は紅一点だったそうです。因みに彼女も働きながら4人の子どもを育てました。

Q:そもそも、何故スペインにいらしたのですか。

スペインには女友達と3人で春休みに旅行に来て、気に入って、その後日本に帰国してから丁度4月ということで、スペイン語ラジオ講座などを聴き始めて、はまりました。スペイン自体の魅力に加えて、猫も杓子も英語をやるということへの反抗心や、スペインには日本人医師は皆無と聞いて、それなら是非、私がその第一号になる!という燃え盛る野心などの様々な副要素が絡んで、更にスペイン熱が高まったな、と思いますね。まあ、若かったですし。

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Q:松浦先生は囲碁の有段者で、ご主人とも囲碁を通じてお知り合いになったとか。何段でいらっしゃいますか。

囲碁はここ数年ろくに打っていませんが、日本の実家に帰省した際には、田舎の碁会所ですが4段で打たせて頂きました。まあ、こんなもんかなと思っております。 囲碁は、20代のころに好きだった人がちょっと熱心にやっているのに興味を惹かれて始めたのですが、そのルールの単純さの裏にある奥深さと面白さにすっかりはまってしまい、わたしの大学時代の後半は、スペイン語と囲碁の勉強に費やされたようなものです。たとえその人とは終わっても、囲碁への愛の方は一生不変だろうな・・・としみじみ思ったものでした。ははは。

(どうも有難うございました。写真は囲碁ガールの松浦先生です。)

インタビュー by フライク幸子 青年部医師
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中川フェールベルク美智子医師へのインタビュー

今回は当医師会総務担当理事であり、ドイツのデュッセルドルフで産婦人科医をしている、中川フェールベルク美智子先生をご紹介致します。

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Q:中川先生は日本で働いた後ドイツに来て働いておられますが、日本とドイツでの医師としての生活を比較すると、どうでしょうか。

日本で産婦人科医としては矢張り24時間365日体制に近い感じでしたが、ドイツではどんなに凄いスケジュールでやっていらっしゃるプロフェッサーでも年に6週間くらい、きっちり休暇をとられます。日本ではそういう事はちょっと考えられない。「一旦仕事となればもうそれだけの世界、それ以外の世界はない」みたいな感じで、先輩の先生方を見ていてもやっぱりそうだったと思います。まあ今は大分変わってきているのかも知れませんが、当時においては、そういう違いが大きかった。
ドイツでは趣味の生活というものを一人一人ちゃんと持っていらっしゃる方が多いのですが、日本では趣味なんてない、そんな事をやっている暇もない、という生活が殆どだったと思います。
育児と仕事の両立の問題も、ドイツに来た理由の一つでした。子どもがまだ全員家にいてごちゃごちゃしていた頃は 家では家事と必要な子どもの世話で追われ、週二回の仕事は、そこから抜け出ての息抜きの時だったようにも思います。

Q:産婦人科を選んだ理由は何ですか。

私は、医者としてどうというより、女性としてどう生きるべきか、という観点がとても強く、そういう意味で専門といったら女性、他の女性を助けたいという程大きな事は言えませんが、とにかく私にとって魅力的な科でした。ただ、日本の学生時代の産婦人科のプロフェッサーは余り魅力的な方ではなく、だからどうしようかと迷いましたが、それは日本の一つの大学の一つの科という狭い世界の事ですから、矢張り産婦人科以外の科は考えられませんでした。あと、お産というものに接する事で、「うわあ、凄い!」という体のメカニズムや人の体の中に持っている潜在的な力、そして生まれるという感動などに触れ、気持ちがお産の方にどんどん強く惹かれていきました。最初の4年間は一応、一般内科でやったのですが、慢性病が中心で、自分が医者としてできる事への喜びが産婦人科よりも少なく、「やっぱり産婦人科」という事になりました。

Q:お子さんは5人おられるとか。

はい。今28歳から18歳です。一人目は日本、二人目はアメリカで生まれ、三人目からドイツです。

Q:三か国でお産を体験されたのですね!お産はどの国がどうよかったですか。

産後の入院生活に関しては やはり日本がいいですね。決め細やかなサービスと配慮があります。
お産に関しては、ドイツのシステムはいいですね。どんな人もいつでも受け入れ、基本は自然にでありながら、緊急のときは対処できる。日本もいずれそうならないといけないと思いますが。

Q:ドイツで医師として働き始めて、特に大変だった事は何ですか。

私は殆ど総合病院では働かずにすぐ開業医院での勤務になりましたので、病院には時々顔を出した程度だったのですが、その時に一番驚いたのは、日本では研修医であってもそれなりのステータスがあるのですが、ドイツでは勤務している医療スタッフの中でもとにかく一番下の扱いを受けて、あ、ドイツではこうなんだ、と。また、例えば最初に「血圧を測りなさい」と言われて測ろうと思ったら、え?測れない!となり、何故私はこの器械を扱えないのだろうと思ってよく見たら、血圧計の仕様が違っていてネジのつき方が日本とは逆だった。
一つ一つは小さな事ばかりですが、そういうカルチャーショックのようなものは幾つも経験しました。ただ、当時小さな子どもも家にいて、フルタイムでの病院勤務は全く無理でしたので、半分見学のようなかたちで一線を置いて経験させてもらえたので、よかったです。あと、非常にラッキーだったのは、開業医の先生と知り合って、自分がスーパーバイザーになってあげるから、うちでやってみるかという事を言ってもらえ、開業医院で主に日本人の患者さん相手に、こうして始める事ができた事です。
日本の医師免許からドイツの医師免許への道はとても大変で、もう医師として働く事を諦めかけた時期もあったのですが、夫が諦めなかった事と、日本で専門医までやっていた経験があったので、こうして働く事ができるようになりました。

Q:ドイツで医師としての今の生活には満足されていますか。

はい、満足しています。私の場合はラッキーにもデュッセルドルフに大きな日本人社会があり 私の経験も踏まえて日本人の方をお世話できますので。
ただ逆に、今でも半分日本人社会で生きているようなもので、まだドイツを充分に知る事ができていない、あるいは経験していない気がします。今は子どもたちも大きくなってほぼ自立してきていますので、その時期を過ぎてきたのですが、ドイツの社会も充分に知らない親で、子どもたちに行くべき方向ややるべき事など充分にサポートしてあげられなかった思いがあります。

(どうも有難うございました。写真はご家族近影です。)

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